この記事の監修者

㈱イレブン技術商品部 部長
インストラクター
村上 琴音(ムラカミ コトネ)
株式会社イレブンで商品開発とインストラクターを担当。資格と現場経験を活かし、個人サロンの成長を支援しています。
この記事の監修者
㈱イレブン技術商品部 部長
インストラクター
村上 琴音(ムラカミ コトネ)
株式会社イレブンで商品開発とインストラクターを担当。資格と現場経験を活かし、個人サロンの成長を支援しています。
現代の美容業界において、男性美容市場はもはやニッチな存在ではなく、持続的な成長を遂げる巨大な事業機会へと変貌を遂げています。これまで女性顧客を主軸としてきたエステサロンにとって、この市場への参入は、新たな収益の柱を確立し、ビジネスの未来を切り拓くための戦略的必然と言えるでしょう。本レポートでは、美容機器商社のコンサルタントとして、最新の市場データと消費者インサイトに基づき、女性向けサロンが男性美容市場という”隣接するブルーオーシャン”をいかにして攻略すべきか、その具体的な戦略と戦術を徹底的に解説します。
男性美容市場の成長は、一過性のブームではなく、確固たるデータに裏打ちされた構造的な変化です。メンズビューティー市場(化粧品、理美容家電、ウェットシェービング、バーバー、メンズエステの5市場計)は、2022年度に2100億8000万円(前年度比103.7%)に達し、2023年度にはコロナ禍以前の水準を超える2158億円規模への拡大が予測されています 。この数字は、市場が外部環境の変化にも強い耐性を持ち、着実に成長を続けていることを示しています。
さらに、美容サロンに関連する市場に目を向けると、そのポテンシャルはより鮮明になります。メンズ向け美容サロンの市場規模は9133億円に達し、前年比で379億円もの大幅な増加を記録しています 。この成長の背景には、男性のサロン利用率の上昇と、1回あたりの利用金額(客単価)の上昇という二つの強力な推進力があります 。これは、男性が美容サービスを「特別なもの」から「日常的な自己投資」へと捉え直し始めていることの証左です。
この市場拡大の大きな転換点となったのが、コロナ禍で普及したリモートワークです。オンライン会議を通じて自身の容姿を客観的に確認する機会が急増したことで、これまで美容に無関心だった層、特に中高年層の意識が劇的に変化しました 。画面に映る自分の肌の状態や髪型が気になり始め、スキンケアやヘアケアへの関心が向上したのです 。
この変化は、男性のメイクアップ習慣にも影響を与えています。コロナ禍において、女性のメイク頻度・時間が「減少」傾向にあったのに対し、メイクをする男性では「変わらない」という興味深いデータがあります 。これは、男性にとっての美容が、他者に見せるためだけではなく、自己肯定感を高め、プロフェッショナルな自己像を維持するための重要なツールとなっていることを示唆しています。この根源的な意識の変化が、市場の長期的な安定成長を支える基盤となっています。
男性美容の潮流は、もはや若年層だけのものではありません。データは、あらゆる年代で美容意識が高まっていることを明確に示しています。男性の基礎化粧品における年代別の購入金額を見ると、2019年比で20代・30代が1.8倍に増加しただけでなく、60代・70代でも1.5倍の増加を見せています 。
スキンケアを始めるきっかけも年代によって特徴があります。20代では「他の人がきれいな肌や整った外見を気にしているのを見て興味を持った」という周囲からの影響が強いのに対し、30代・40代では「年齢を重ねる中で、外見のケアが重要だと感じた」という内発的な動機がトップに挙げられます 。特に、加齢によるアンチエイジングへの関心は30代から本格化する傾向にあり、これは長期的な顧客関係を築く上で非常に重要なポイントとなります 。
これらのデータから導き出される結論は明確です。男性美容市場は、特定の世代に限定されない、全世代を巻き込んだ巨大な成長市場であり、今まさに参入の好機を迎えているのです。
この巨大な市場を攻略するためには、その構造を理解し、サロンが直接的にアプローチできる領域を見極めることが不可欠です。
日本の男性美容市場セグメンテーションと成長性
市場セグメント | 市場規模(最新年) | 主要な成長統計 |
男性美容市場全体 | 2158億円 (2023年度予測) | 前年度比102.7%で拡大予測 |
---|---|---|
男性用化粧品 | 1330億円 (2023年度) | 化粧品市場全体の5.4%を占める成長分野 |
メンズエステ | 93億円 (2021年度) | サロンの直接的な事業領域 |
男性向け脱毛 | 635億円 (2024年予測) | 4年間で約1.8倍に急成長 |
男性向け美容室 | 4708円 (1回あたり利用金額) | 過去5年間で最高額を記録 |
この表が示すように、男性用化粧品市場の規模は圧倒的ですが、サロンオーナーが注目すべきは、サービス提供が直接的な収益となる「メンズエステ」および「男性向け脱毛」市場の驚異的な成長率です。特に男性向け脱毛市場は、わずか4年で1.8倍という爆発的な成長を遂げており、最も確実な収益源となり得るセグメントです 。
さらに、化粧品市場の活況は、サロンにとって脅威ではなく、むしろ強力な追い風となります。男性が美容液(市場規模が5年前の約5倍)やクレンジングといった高度なスキンケア製品を自ら購入し始めているという事実は、彼らの知識レベルと美意識が向上している証拠です 。しかし、多くの男性はまだ専門的な知識や技術を持っていません。どの製品が自分の肌に本当に合うのか、どうすれば最大限の効果が得られるのか、といった疑問を抱えています。
ここに、サロンが単なる施術提供者から「信頼できるアドバイザー」へと昇華する絶好の機会が存在します。プロフェッショナルな施術を通じて顧客の悩みを解決し、その結果を維持・向上させるための最適なホームケア製品を提案する。この「施術(サービス)」と「物販(プロダクト)」の好循環、すなわち「サービス・プロダクト・フライホイール」を構築することができれば、顧客一人当たりの生涯価値(LTV)を飛躍的に高めることが可能になります。男性の美容知識の向上は、サロンが専門性を発揮し、より高付加価値なサービスを提供する土壌を育んでいるのです。
市場の規模と成長性を理解した次に不可欠なのは、その市場を構成する「個人」の解像度を上げることです。統計データを具体的な顧客像、すなわちペルソナに落とし込むことで、初めて効果的なメニュー開発やマーケティング戦略を描くことが可能になります。ここでは、データに基づき、現代の男性顧客を3つの主要なペルソナに分類し、その深層心理と行動原理を分析します。
ペルソナA|グルーミングに敏感なZ世代(15~25歳)
彼らは、美容を「身だしなみ」や「コンプレックス解消」といった従来の枠組みだけでなく、「自己表現」や「自分磨き」の一環として捉えている世代です 。SNSやインフルエンサー、特にK-POPアイドルの影響を強く受けており、美容はコミュニケーションツールの一つでもあります 。
主な動機
関心の高いサービス
ペルソナB:野心的な30代プロフェッショナル(26~40歳)
この世代にとって、美容はキャリアを向上させるための戦略的投資です。「清潔感」や「身だしなみ」がビジネス上の成功に直結するという意識が強く、問題解決型のアプローチを好みます 。オンライン会議で自身の姿を見る機会が増えたこともあり、エイジングの初期サインにも敏感です 。
主な動機
関心の高いサービス
ペルソナC:自己投資を惜しまない40代以上のエグゼクティブ(40歳以上)
この世代は、トレンドに流されることなく、品質と結果を重視します。美容は、若さを維持するための「守り」のケアであると同時に、人生の後半戦をより豊かに生きるための「攻め」の自己投資と捉えています 。可処分所得も比較的高く、高単価なサービスや製品にも積極的に投資する傾向があります。
主な動機
関心の高いサービス
これらのペルソナ分析から浮かび上がる重要な構造があります。男性顧客は、漠然とした「美しくなりたい」という動機でサロンの扉を叩くことは稀です。彼らの多くは、「ヒゲ剃り負けをなくしたい」「このシミを取りたい」「会議で爪が汚いのが気になる」といった、非常に具体的で単一の課題を抱えて来店します。
この最初の課題を解決するサービスこそが「ゲートウェイサービス(入口となるサービス)」です。サロンの成功は、このゲートウェイサービスで圧倒的な結果と満足を提供できるかどうかにかかっています。例えば、痛みが少なく効果の高いヒゲ脱毛を一度体験し、長年の悩みから解放された顧客は、そのサロンと施術者に対して絶大な信頼を寄せます。
この信頼関係が構築されて初めて、サロンは単なる「一回限りのサービス提供者」から、長期的な美のパートナーである「信頼できるアドバイザー」へと進化するのです。男性は一度信頼した専門家のアドバイスを素直に受け入れる傾向があります。ヒゲ脱毛で信頼を得た後、「肌荒れを防ぐためには、肌自体のバリア機能を高めるこのフェイシャルが効果的ですよ」あるいは「脱毛後の肌は乾燥しやすいので、この保湿成分が入ったローションがおすすめです」といった提案は、押し売りではなく、価値ある情報として受け入れられます。
したがって、サロンオーナーはスタッフに対し、単なる技術指導だけでなく、男性顧客に特化したカウンセリングと提案力のトレーニングを行う必要があります。一つの成功体験を起点に、顧客の潜在的なニーズを掘り起こし、論理的で納得感のある長期的なケアプランを提示する。このアプローチこそが、低単価な単発客を高LTV(生涯顧客価値)のロイヤルカスタマーへと転換させる鍵なのです。
男性美容市場への参入を決意したサロンが次に直面するのは、「具体的にどのメニューから始めるべきか」という問題です。既存の女性向けサロンのリソース(人材、設備、空間)を最大限に活用しつつ、男性顧客の高い需要と収益性を両立させる戦略的なメニュー選定が成功の鍵を握ります。ここでは、市場データと顧客インサイトに基づき、最も確実な成功が期待できる4つの高収益メニューを優先順位とともに提案します。
男性美容市場において、最も成長が著しく、収益性が高いのが脱毛です。2024年には市場規模が635億円に達すると予測され、これはわずか4年で約1.8倍という驚異的な伸びです 。既存の脱毛機を保有しているサロンであれば、比較的スムーズに導入が可能です。
提供すべきメニュー
マーケティングの要点
男性は施術の「痛み」に敏感です。最新の美容機器がもたらす「痛くない脱毛」や「肌にやさしいLED脱毛」といった技術的優位性を前面に打ち出すことが、他サロンとの強力な差別化要因となります 。結果だけでなく、快適な施術プロセスも重要な価値提供であることを強調しましょう。
男性のスキンケアへの関心は高く、特に具体的な肌悩みを解決する「結果重視」のフェイシャルメニューは高い需要があります。女性向けに提供している技術や商材を応用できるため、導入障壁が低いのも魅力です。
提供すべきメニュー
頭皮ケア・ヘッドスパは、まだ競合が少ないながらも男性の根源的な悩み(ストレス、疲労、薄毛)に直接アプローチできる「ブルーオーシャン」領域です。リラクゼーション効果と実利的な効果(育毛、アンチエイジング)を両立できるため、高い顧客満足度とリピート率が期待できます 。
提供すべきメニュー
単なるマッサージに留まらない、多角的なアプローチが鍵です。
マーケティングの要点
「癒し」という情緒的な価値だけでなく、「見た目の若返り」「頭皮環境の正常化」といった具体的なメリットを訴求することが重要です。「多忙なビジネスマンのためのパワーチャージ」といったコンセプトで、タイムパフォーマンスを重視する層にアピールしましょう。
男性のネイル市場は、かつての「奇抜なファッション」から「ビジネスシーンの必須マナー」へと大きく変化しています 。特に30代以上のビジネスパーソンを中心に、清潔感を高めるためのネイル「ケア」の需要が急増しており、これは既存のネイリストの技術をそのまま活かせる絶好の機会です 。
提供すべきメニュー
「カラー」ではなく「ケア」に特化することが成功の絶対条件です。男性が最も求める色は「クリア(透明)」であり、派手な装飾は敬遠されます 。
「エグゼクティブ・ハンドケア」
爪の形を整え、甘皮を処理し、表面を磨き上げて自然なツヤを出す。最後にキューティクルオイルやハンドクリームで保湿するまでをワンセットにしたメニューが理想です。爪の補強を目的としたクリアジェルの提案も有効です 。
マーケティングの要点
「おしゃれ」ではなく「信頼感」や「プロフェッショナリズム」をキーワードに訴求します。「名刺交換で差がつく、ワンランク上の手元へ」「細部へのこだわりが、あなたの評価を高める」といったコピーで、ネイルケアを自己投資、セルフブランディングの手段として位置づけることが重要です 。
これらの有望なメニューをただ羅列するだけでは、初めての男性顧客を戸惑わせてしまいます。前述の通り、彼らは単一の課題解決を求めて来店するため、選択肢が多すぎると行動への障壁(決定疲れ)となります。
そこで効果的なのが、ソリューション志向のバンドル(セット)メニューです。顧客の目的やライフスタイルに合わせて、複数のサービスを組み合わせたパッケージを提案することで、選択が容易になり、客単価の向上にも繋がります。
バンドルメニューの例
また、最初の心理的ハードルを下げるために、低リスクなエントリーオファー(お試しメニュー)を用意することも極めて重要です。「30分で完了!メンズ毛穴集中ケア」のような、時間と価格が明瞭な短時間メニューは、男性が気軽に試せる「ゲートウェイサービス」として最適です 。
メニュー構成そのものが、強力なマーケティングツールであるという認識を持つべきです。男性顧客の心理を理解し、彼らが迷わず、かつ自然にステップアップしていけるような戦略的なメニュー設計こそが、男性美容市場での成功を盤石なものにするのです。
有望なメンズメニューを揃えても、サロンの環境や接客、マーケティングが旧来の女性向けサービスのままでは、男性顧客の心をつかみ、リピーターへと育てることはできません。ここでは、既存の女性サロンが男性顧客をスムーズに受け入れ、成功を収めるために不可欠な「サロン改革」の要点を5つに絞って具体的に解説します。
男性顧客を呼び込むために、ステレオタイプな「男の隠れ家(マンケーブ)」のような内装にする必要は全くありません。むしろ、近年のトレンドは性別を問わず快適に過ごせる「ジェンダーフリー」な空間です 。男性がサロンに求めるのは、特定のデザイン性よりも「他人の目を気にせずリラックスできる環境」です。
最優先事項はプライバシーの確保
美意識を高める空間演出
男性顧客への接客は、女性顧客へのアプローチとは根本的に異なります。共感や情緒的な表現よりも、論理的で分かりやすい説明が信頼関係を築く鍵となります。
「感情」から「理屈」へ移行する
Shift from “Emotion” to “Logic”
スタッフに徹底すべきカウンセリング術
美容に懐疑的な男性顧客にとって、最新の美容機器は、施術の価値を客観的に証明する最も強力なツールです。それは、エステティックを主観的な「癒し」から、客観的な「科学」へと昇華させ、高価格帯のメニューにも納得感をもたらします。
男性は自宅でEMS美顔器やラジオ波搭載シェーバーといったテクノロジー製品を使用することに慣れており、美容における技術の役割を理解しています 。そのため、サロンが提供するプロフェッショナル仕様の最新機器は、家庭用との明確な差別化となり、強い来店動機になります。
マーケティングにおいては、機器の名称や搭載されている技術(例:「最新LED脱毛機導入」「エレクトロポレーションで高濃度ビタミンCを深層導入」)を積極的にアピールすべきです。これは単なる機能紹介ではなく、「当サロンは、科学的根拠に基づいた、結果の出る施術を提供します」という信頼性の宣言なのです。美容機器商社の立場から見ても、機器そのものをマーケティングの主役に据えるサロンは、男性顧客の獲得において圧倒的な優位性を築いています。
男性顧客の多くは、サロンを探す際に「新宿 メンズ脱毛」「渋谷 メンズエステ」のように「地域名+サービス名」で検索します。この検索行動に対して最も効果的なのが、Googleマップ上での表示を最適化するMEO(Map Engine Optimization)対策です。
今すぐ取り組むべきWeb戦略
広告やウェブサイトで使用する言葉一つで、男性顧客の反応は大きく変わります。情緒的な言葉よりも、具体的で、力強く、ベネフィットが明確な言葉を選びましょう。
効果的なコピーライティングの原則
これらの改革は、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。しかし、一つひとつ着実に実行することで、あなたのサロンは男性顧客にとって「通いやすく、信頼でき、結果の出る」唯一無二の場所へと進化していくはずです。
本レポートで詳述してきた通り、男性美容市場は、もはや無視できない規模と成長性を誇る巨大な事業機会です。女性向けサロンがこの市場に参入することは、単なる顧客層の拡大に留まらず、ビジネスモデルそのものを進化させ、新たな成長軌道に乗せるための戦略的選択と言えます。
成功への道筋は明確です。
女性向けサロンが持つ高い技術力とホスピタリティは、男性美容市場においても強力な武器となります。そこに、男性顧客の心理と行動原理に基づいた戦略を掛け合わせることで、競合がまだ少ないこのブルーオーシャンにおいて、先行者利益を享受し、地域で選ばれるリーダー的存在となることは十分に可能です。
このレポートが、貴サロンの未来を切り拓くための一助となることを確信しています。変化を恐れず、次なる成長への一歩を踏み出してください。